INTERVIEW

COOが筋肉だとしたらCFOは血液を流す心臓。血液の流れが止まれば、いくら強靭な筋肉をもっている人間でも数分でアウト
MIT-VFJ メンタリングアドバイザー秋山 智紀 氏

MIT-VFJは24年間にわたり、毎年継続的にメンタリングプログラムを実施しています。
同プログラムでは、 MIT-VFJ登録メンターが徹底したメンタリング・アドバイスを行い、事業計画の見直しやブラッシュアップを行います。
※ MIT-VFJ役員はもちろん、登録メンターも全てプロボノ(プロによるボランティア)で成り立っています。

今回は、MIT-VFJで永年メンターをつとめ、現在はチーム横断的にアドバイスを頂いている秋山智紀(あきやま・とものり)さんにお話を伺います。秋山さん、どうぞよろしくお願いします。

入社した会社が突然倒産 そこから得た座右の銘

大野

まず秋山さんのご経歴や現在の仕事などを簡単にご紹介ください。

秋山

私は東京工業大学(今年2024年10月に、東京医科歯科大学と合併して、東京科学大学、略称Science Tokyoになる大学)の学部・修士卒業です。
電気電子工学を専攻し、自動車部に所属していたため、当時、まだ東西ドイツの時代に、ボッシュから入社を誘われ奨学金をもらってレース活動に注ぎ込み、卒業後はボッシュに就職し、西ドイツに渡る予定でした。

その頃、たまたま、帰省中に父の書棚にあった「新国富論」という本を読んだところ、こんな考え方があるんだ、と非常に驚いて、最後に著者の説明を読むと、東工大の先輩で大前研一さんという人。
マッキンゼーという、東工大での生活では全く耳にしたことのない会社の日本代表をされていると書いてありました。

強烈な記憶を残し、東京に戻ってきてキャンパス内を歩いていたところ、そのマッキンゼー社がサマージョブの学生募集という張り紙を発見。
(後から聞くと、後にも先にもこの年だけ、たまたま東工大で張り紙を行ったとのこと。)
その日が、募集締め切り日だったので、電話をかけたところ、すぐに書類を送ってください、締め切りは過ぎますが候補者として登録します、とのこと。
このあたりはマッキンゼー社は杓子定規でなく、当時からフレキシブルでしたね。

インタビューに訪問したところ、なんと8名のサマージョブ募集のところ、600名超の応募者とのこと。
東工大では全く知られていませんでしたが、当時から特に文系学生の間では非常に有名な人気のインターンプログラムだったそうです。
こりゃ、選ばれるのは到底無理だと思い、非常に難しい内容が飛び交っていたグループインタビューの中で、大前さん著書の「新国富論」の内容について自分の思うところのコメントを行い、その後は、面接したことも自分の中で忘れていたところ、驚いたことに何と合格通知。

―――その後、インターン生が集まった時にわかったのですが、マンモス大学である早稲田大学を除き、関西の京大も含め、見事に所属大学がバラバラ。
多分、東工大生など殆ど応募者がいなかったので、私も合格できたのだと思いますが、当時からマッキンゼーは「多様化」を実際に採用基準にしていていたんですね。
ちなみに面接時には女子学生は見かけませんでしたが、複数名選ばれていました。

まだ現在のようにインターンという言葉がない時代でしたが、日本の東工大の大先輩で、その後留学するMITでも先輩になる大前研一さんがマッキンゼージャパンの代表者の時代での本当の意味でのインターンシップとしての「サマージョブ」。
私がバディを組んだのは、近藤正晃ジェームズと印刷されている名刺を渡してくれた慶應の学生。
学生にもかかわらず、アタッシュケースを持ち歩き、自分のミドルネームであるジェームズと併記してある名刺を作っていることに、びっくりした記憶があります。
彼は卒業後、McKinseyに入社し、ハーバードビジネススクールに留学を経て、マッキンゼーの経済シンクタンク、マッキンゼー・グローバル・インスティチュートのメンバーとして、各国の経済政策の立案にかかわり、その後、Twitterの初代の日本代表になりました。

連日、朝から終電までのハードワークを通じ、大前さんや、それまで会ったことのないような尖がったマッキンゼーのプロフェッショナルの方々、そもそも先ほど話した通り、インターン仲間達もかなり個性の強い人材の集まりで、強烈なカルチャーショックの連続でした。
ちなみにその8名の仲間のうち、ジェームズも含め、ハーバード大学院に2人留学し、私がMITに留学したこともあり6年後に3人がBoston で一緒になりました。

ちなみに、インターンで、私とジェームズに与えられたスタディが、「日本の大組織における年功序列・終身雇用・企業内労組の在り方について」 40年前のMcKinsey で、すでに今の日本の状況を予言していたのでしょうね。
当時、私とジェームズがまとめてMcKinseyのプロフェッショナルの方々の前で発表・指摘したそれらの問題点と殆ど同じ議論を40年経った今も、日本社会では繰り返しています。

そのマッキンゼーのインターンで多大な影響を受け、大前さんがMITの博士号を持っているにも関わらずメーカーを退職し、マッキンゼーに転職していたことも知り、就職後アメリカのMBA留学も目指したい、とドイツ行きを断って奨学金を返却した上で、僕も理系のエンジニアの道は選択せず、金融業界に進んだんです。

秋山智紀さん

ところが、その入社した会社がいきなり日本の金融不況に巻き込まれ自分の所属企業の破綻を経験しました…

会社の破綻(自主廃業)を発表した会見時に 「社員は悪くありませんからっ」 と言葉を絞り出し、号泣した社長がいた、山一證券です。

その破綻時に多くの人間模様も見ましたよ。
世界中で大ヒットした映画のタイタニックありますよね。
1997年12月に封切りの映画でした。
山一證券が潰れたのが、その1か月前の11月なんですよ。
倒産した直後ということもあり、映画を見ても気分が乗らないと思いながらも、たまたま前売り券を買っていたので観に行ったら、人生の中で一番「はまった」映画になりました。

なぜかというと、現実と映画の登場人物が一対一の対応をしたんですよね。
あの人は、映画のこの登場人物だって。
立派な人達が居ましたよね。
最後まで、乗客達に少しでも落ち着いてもらおうと、ずっと楽器を弾いていたバンドのメンバーの人達。
最後まで船長室に残っていた義務を果たそうとしていた船長。
手を握り合って静かに運命を受け入れようとしていた老夫婦…

逆に、自分さえ助かればいいと、ピストルで人を脅して自分だけ逃げた人もいたじゃないですか。
まあ、この映画への没入感はすごかったですよ、本当に。

そこから半年間ぐらい、かなりの人間不信に陥りました。

―――大企業で多くの社員がいましたから、その中には「何かあったら助けてやる」とか日ごろ、偉そうなこと言う人もいたわけですよ。
そういう人に限って、ピューといなくなってしまったりする…

人間ってね、普段はみんな良い人です。
人間、修羅場になった時に本当の人間性が出てくるんだな、と会社が破綻した時につくづく感じました。

自分自身の中で納得し、腹落ちしたのは半年間ぐらい経った時だったかな。
皆を助けようとして、右手に家族を抱えて、左手に部下を抱えた時、そこで足だけで泳げない人は、どちらかの手を離すしかない。
その時に家族を離すことはほぼ無いので、足だけで泳げない人は部下を離すに決まっているんです。
だから、上司や組織に、そもそも過度に頼ったり甘えたりするのではなく、日ごろから、自ら泳げるように鍛えておくべき。

そんなことが何かの時に頭に浮かんで、もやもや感が晴れて、すごく気が楽になりました。
その時から、『常在戦場』・『一生勉強』 というフレーズを座右の銘にしてやっています。

僕は今エグゼクティブ・ビジネススクール(MBA)で取締役など経営者の方々に経営戦略論を教えているんですが、そういう人達は助けられる側ではなく、助ける側。

そのような方々には両手で家族と部下たちを抱えても、足だけで泳げるように、日ごろから鍛えておいて欲しい、と伝えています。
部下の人達に強要するのは良くないと思いますが、経営陣・経営層の方々には、自分の家族だけでなく、会社の部下の方々とその家族を会社に何かあった時に助けることができるよう、日ごろから準備を続けておいてもらいたい。
それが経営陣・経営者の役割だと思っています。

今日、史上最大の下げ幅を記録した日本の株式市場ですが、やっと始まったガバナンス改革や、円安も相まって、海外のアクティビストファンドから、日本の企業は絶好のターゲットにされており、経営層などが辞任させられたり、買収されるようなことも多く報道されています。

更に東京証券取引所が、昨年2023年3月末に「資本コストと株価を意識した経営の実現に向けた対応」を上場会社に向けて発表しました。
もちろん、東証とアクティビストファンドの目的は違うものの、手段としてはほぼ同じ内容を言っています。
アクティビストファンドに加え、これまでモノを言わなかった機関投資家や、個人投資家ですら、勢いづき声をあげるようになり、シャンシャン総会は終わり、市場も大荒れになっています。
今年も株主総会の直前で社長が辞任させられた会社も出てきているような状況です。
経営者の方々は、大企業、またスタートアップにかかわらず日頃から猛勉強を続けて経営脳を鍛えて頂きたいと思っています。

大野

秋山さんはMITのスローンスクール(MBA)に行かれたんですけれども、その山一證券の破綻と時期はかぶってるのですか。

秋山

卒業して帰ってきて3ヶ月後に潰れました。
やばい、とは言われていましたが、人間って、どこかで、自分には災害は降りかかってこないんじゃないか、と無意識に思っているのでしょうね。
よく、俺はわかっていた、ということを言う人もいますが、もしそうであれば、破綻前に転職しているはずです。

というのも実は、僕も会社が潰れる前に、アメリカとヨーロッパの投資銀行複数社から、転職オファーをもらっていたにもかかわらず、直前にも転職を断っていた経緯があります。
当時そこの中の1社の副社長から「山一證券は潰れるかもしれないぞ」と言われ、「潰れる迄、会社は辞めません。」と答えて、オファーを数週間前に全て断ったところだったんですよね。
特に当事者は自分の都合の良い方向に考えてしまう傾向があるので、自分自身でわかろうとしなかったのかもしれませんが、外部者、特に外資系投資銀行の経営陣として日本以外のマーケットでは当たり前の大企業の倒産の可能性を冷静・客観的に分析できていたのかもしれませんね。

その時、僕はマーケットサイドにいて、シンジケートマネージャーとして大型の資金調達のプライシング、ディストリビューション、そしてポジショニングの責任者を引き継いでいたのですが、破綻の引き金になった事象を未だに覚えてます。
連休前の金曜日の午後でしたね。
ちなみに、大企業の破綻などの大事件は関係者がいきなり大混乱に陥って、大暴落にならないよう、マーケットが閉まり冷静に戻る時間が取れる連休前に発表することも多いですね。

スクリーンを目の前の机に積み上げ、ダーッと目の前に並んでいるところでトレーディングをやっていたのですが、ニュースを流していた、その沢山のスクリーンの1つにアメリカの格付け会社であるムーディーズが山一證券の信用格付けを投機適格の「Baa3」から3ノッチ評価を下げ投資不適格の「Ba3」に格下げを発表したと流れました。
その発表がされた瞬間に、私はシンジケートチームのメンバーに大声で知らせました。
そうしたら、当時、すぐに近くに座っていた経営層の上司が慌てて部屋を出て行って、その後、本当だったら役員会議で決まるべきものが、社長が行方不明で会議が開けない、どうするんだ?と騒いでいるうちに、何もできずにその日が終わっちゃったわけですよ。

社長など、トップの首脳陣がその時、当局に呼び出され、自主廃業か、倒産か等も含め、必死の交渉をしていたんだと思うんですよね。

その金曜日の深夜、『山一證券自主廃業』というスクープ記事は、日経新聞だったのですが、紙面の印刷に入るギリギリまでかん口令を敷いていたんですよね。
日本時間の深夜3時頃に配信を始めた関係で、海外の関係者が一番最初に、スクープを目にして、逆に日本で寝ている社員の自宅や携帯に連絡をしてきた、という順番でした。。
2021年の秋に、元金融庁の職員だった方が当時の山一證券の状況も含めた著作を発表されており、これにもいろいろ書いてあります。

このように、僕は乗っていた船が沈没し、修羅場になった時の、組織の内部・外部両方の人の行動を目の当りにしました。
先ほどお話した、世界中で大ヒットになった映画タイタニック号上の人間模様と全く同じです。
外部にも、公私共々手のひら返しをする人もいましたね。

従業員も個々人で自分自身で泳げるようになり、経営陣は、部下とその家族たちをも守れるぐらい、鍛えておいて欲しい。
「寄らば大樹の陰」、はやめて、何か起こった時に当事者として即対応できるよう、日ごろから猛勉強をして鍛えておいて欲しい。

日本は昔からなにかと横並び主義ですよね。
昔はやりすぎで、バブルの時代は、「24時間働けますか」ってCMですらやっていたところが、今は逆に、もっとやりたい人、勉強したい人も含め、時間が来たら仕事をやめて、帰りなさい…
日本社会はその時々の社会情勢によって同調圧力が生まれ、思い切り両極端にぶれる傾向があるのですが、共通しているのは、全員が横並び。
最近よく耳にする、多様化、ヒトと違った意見や行動を起こすことに対して無言の圧力が存在して、個人の自由が実際にはあまり許容されていないように感じます。

今、伸びている海外の国々を見ると、個々人に多様な生き方を認めてており、人生を謳歌する人も、必死でやってる人、其々が共存していて、横並びではない、尖がった人材が生まれ、活躍をしています。

VUCA(※)の時代、と言っても、日本は前例主義・横並び主義を、無意識のうちに社会全体と、組織全体で無意識のうちに行っている感じを受けます。
新卒一括採用など、典型例ですよね。
そのような制度の中で、実力主義・能力主義・Job採用などやっても、同期の桜の中でどうしても妬み・嫉みのマグマが溜まってしまいます。
要は、新卒一括採用・同期の桜、という前提条件も廃止しなければ変わりようがないんじゃないですかね?
プロ野球球団で、一括採用中心で、年功序列・終身雇用を行っていたら強くなり得ませんよね。
客観的に見れば、冷静に判断できますが、こと自分の会社や組織のことになると実行・改革が難しい…

更に各層の構成メンバーが1段上のポジションの方々の空気を読み過ぎているという連鎖が生じているのではないかと時々、思ってしまいます。

日本の伝統的な大企業の部長さんに新しいアイディアの提案を行っていたところ、「私は賛同するのですが、本部長が賛成してくれない。」
じゃあ、私が直接、本部長と話しますよ、と、ミーティングを設定してもらったところ、同じく「私は賛成なのですが、専務が…」、同じ会話が専務、副社長…と続き、最後にトップと話したところ、「私も賛成したいのですが、下から上がってきた意見が反対と言っていて…」
まさに、えっ???という感じです。
横並びならぬ、縦並びも自分がリスクを取って、みんなと違う意見を言いたくない、というまるで、江戸時代などの一揆の時の傘連判状(からかされんぱんじょう)円環状の署名形式の様ですよね。

チャレンジすれば当然、失敗も生ずる。
逆に考えれば、失敗をしない一番の方法は、チャレンジしない、です。
でもそれでは、ノーリスク・ノーリターンとなってしまい、リターンは生まれないですよね。

※VUCA(ブーカ)とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字をとった言葉で、目まぐるしく変転する予測困難な状況。

専門性の強い多彩な職歴…インベストメントバンカー、ベンチャーキャピタリスト、大学講師

大野

ところで秋山さんの現在のお仕事は?

秋山

基本的には投資家であり、従来型の大学・大学院でも教えたり、企業のアドバイザーなども行っていますが、最近は経営層向けのエグゼクティブ・ビジネススクール(MBA)で教えている時間がかなり増えました。

大野

前は別のお仕事をされていましたよね。

秋山

独立する前は、日本の証券会社を皮切りに、アメリカの投資銀行であるメリルリンチ、その後、ヘッドハンティングでヨーロッパ最大の投資銀行UBSに移籍しました。
その後ベンチャーキャピタルファンドを複数共同経営して、その後、エンジェル投資家として活動を展開しています。

皆さんご存じだと思いますけど、スタートアップへの投資は、ここ数年かなり低空飛行とうい状況が続いています。
僕の場合は現在はVCファンドではないので、いわゆるファンドへの投資家に対しての義務というものもなく、エンジェル投資家として活動しているので、スタートアップへの投資に限定することなく、自分自身の自由意思で、何に投資してもOKですし、更に会計年度に囚われることなく、長期的かつ、多様な観点からの投資活動が可能です。
現在、MBAでM&Aや、資金調達などの財務ファイナンス戦略を教えているので、理論が実践にどれぐらいリンクするかを実際に検証するため、上場株を含め、幅広く金融商品への投資も行っています。

大野

秋山さんの最近のイメージは大学の先生ですが、以前のイメージはそういえばインベストメントバンカーでした。

秋山

そうですよね。
ベンチャーキャピタリストとして活動もしていましたが、インベストメントバンカーとして国籍・国境を越えてフル活動していたので、そのイメージが、内外のマーケットの関係者にとってはかなり強いと思います。

今、エグゼクティブMBAの担当分野は財務ファイナンスをやりながら、あとはマーケティング、企業戦略論、国際金融などの4つの軸と、アントレプレナーシップ論等も教えています。
それにプラスして、私の母校の東工大で博士課程の留学生を中心としたコースで『学生自身の研究を実際に使って起業するとしたら、という理論を如何に実社会に活用するかという』英語による講義や、他の国立大学ではキャリア論なども教えています。

「これでいいのか、日本」

大野

ズバリ秋山さんのミッションは何ですか。

秋山

ミッションというか、これはちょっと何とかしなきゃいけないでしょというのはありますよね。
これでいいのか、日本って。
さきほどお話しした「24時間働けますか」というCMが流れたのは、昭和の最後のバブル全盛、日経平均株価が最高値3万8千円をつけた1989年(平成元年)。

そこから日本の株価はズルズル下がり、「失われた30年」に突入。
実際には35年かかって、やっと昭和の終わりにつけた株価にやっと先日、戻した。
まあ今日は大暴落していますますけどね(※)
※2024年8月5日にインタビュー実施。当日の日本株は大きく下落した。日経平均株価は、1987年のブラックマンデーを超える史上第1位の下落幅となった。

ということは結局その35年間、日本は株価的な観点からすると、全く成長はしていない。
アメリカやG7の国がどうかというと、日本以外全部成長しているわけですよ。
アメリカの証券取引所のNYダウ平均は大体10倍ぐらい成長し、NASDAQにいたっては20倍近くに伸びています。
イギリス、イタリア、ドイツ、フランスなど、他の先進G7諸国は全部伸びているわけです。
はっきり言って日本だけですよ、横ばいは。

給料は今年の4月にほんの少し数%上がり、みんながワーッと騒いでいますけど、基本的にはゼロ成長、というか世界の物価を鑑みると実質マイナスですよね、35年間。
昭和の終わりごろの日本の大企業での初任給は、大体20万円前後だったのが、今年やっと25万弱ぐらいになったのかな。
その間にアメリカは大体2倍とか、イギリスでも1.7〜1.8倍とか、ドイツなど含めG7諸国は全部上がっているし、G7に次ぐ、成長国の国々の成長率たるや驚きの伸びです。
日本だけなんですよ、横ばいは。これでいいのか。

ただここでちょっと皆さん考えていただきたいことは、企業の配当金を見ると日本はすごく上がっているんですよ。従業員に払う給料は変わっていないのに、企業が株主に出す配当金だけは、35年間、ものすごく上がっているわけですね。
これは経営陣だけの問題じゃない。
というのも経営陣の報酬水準も欧米、とくにアメリカに比べるとまだまだ低い。
これをどう考えるか、その辺をどう分析するか。
よく「三方よし」と言いますよね、「売り手良し、買い手良し、世間よし」。
ここに「従業員良し」を入れてもらいたかったなあ、と時々思ってしまいます。
配当という株主還元も大事ではあるものの、中・長期的な会社の成長(=株価上昇)につながる従業員のやる気にも影響がある給料を「経費」と捉えるのではなく、「投資」と捉えて増やしても良かったのになと思います。。

スタートアップの人達へ伝えたいこと…まずは猛勉強を

秋山

スタートアップの人達に僕が言いたいのは、3種類の目を持ってほしいということです。
「蟻の目、鷹の目、魚の目」です。
蟻の目はミクロのいわゆる個別技術論、自船の性能・能力をどのように伸ばすか、というような視点。
鷹の目というのは、マクロ的な観点、つまり嵐がいつ、どちらの方向から来そうなのか、という外部環境を見定める能力。
いくら高性能な最先端の船でも、100年に一度の嵐に遭遇してしまえば、どうしようもないという時は正直あります。
まず、僕がスタートアップの人達に伝えたいのは、”鷹の眼”で社会の大きな環境の変化を常に観察しておきましょうということ。
皆さん、自社のアイディアや仕組みさえ良ければうまく行く、となんとなく思っている方が多いのですが、外部環境って思っている以上に、企業経営にたいして強烈な影響を及ぼします。
例えば、いわゆる金利が高くなるとどういうことが起こるか、Appleの株もテスラなんかも無茶苦茶影響を受けましたよね。
それらが、どのように影響を及ぼし合っているか、魚の眼で水面下の理論・メカニズムを分析し、将来予測を立てられるようになってもらいたい。

まず適正企業価値や株価を理論的に計算できるようにして欲しい。
株価は外部環境の変化や社会心理学的に動くため、100点満点の正解があるわけではありませんが、シリーズA, B, Cなどの資金調達時や、IPOの時に、経営者・創業者が、オーナー権を買ってくれる投資家層の皆さんに、「あるべき適正株価」を創業者や会社トップとして説明する必要があります。
これらが、今度MIT-VFJのVMP連動セミナーで僕が発表する内容なのですが、金融は苦手…などと言って専門家に丸投げなどしていると、後から、大後悔することになる。

『上場ゴール』となって、上場した瞬間が一番株価が高く、その後すぐに株価は下がり、低迷…逆に低すぎるバリュエーションや、IPO価格も問題。
一部の関係者にとっては嬉しいのかもしれませんが、これだと、株主は怒りますし、そうなると、その後の企業としての資金調達に大きな影響も出る。
簡単に言うと、例えばディスカウントキャッシュフローの考え方、マルチプルの考え方、資産倍率の考え方等で適正株価の値段を説得あるロジックで投資家の人達に説明できるか。
また、資産がないスタートアップの場合、他の方法で投資家に説明し、納得してもらえるか?自己資金だけで経営を続けるのであれば、リスクは自分だけなので、問題ありませんが、第3者から資金調達、要は人様(ひとさま)から投資してもらい、経営するのであれば、気合いや情熱だけでやって良いわけではなく、投資家の方々への義務が生じる。

このあたりのスタートアップのIPOの前・その時・後の資金調達と、株主の変移、株主との会話については、スタートアップの人達に、まず伝えたいのは、良い商品やサービスを提供するだけでなく、その他企業経営の知識も付けてもらいたいということ。

アニマルスピリッツ、情熱は非常に大事な因子なんですけど、それだけではやはりなかなか難しいんですよ。
特にアメリカのスタートアップを見ると、最近は1回働いてからビジネススクールで…虎の穴ですね、MITもそうでしたけど、金融の知識だけでなく、マーケティングや、企業戦略論の各種フレームワークなどに関しても2年間の虎の穴のようなMBAで、理論も叩き込まれてきた連中が沢山います。
私がMBAに留学していた時代は投資銀行、コンサルティング・ファームが就職先の圧倒的人気1位と2位でしたが、最近は自ら起業する、もしくは創業したばかりのスタートアップに参加する、というのが大きな人気になっています。

良く、世界で戦おう、Born Global、等と聞きますが、言葉の壁に加えて、知力・体力も怪物のような、そういう連中を相手に戦わなきゃいけない。
アイディアと情熱だけで戦っても勝てません。

大谷選手が、テレビの中で北米・南米の怪物のような体格の連中を相手を凌駕して活躍しているので簡単そうに見えますが、実際にメジャーリーガーの人達を目の前にしたら、運動神経も体力も日本にいたら殆ど見たことがないぐらいの規格外の能力を持った人達が競争相手です。
勿論、大谷選手の日本人離れした体格もありますが、その体格もメジャーリーガーの中では平均値。
筋肉の付き方や、普段の生活を漏れ聞いていると、大谷選手の大活躍の裏には、ライフワークバランスなどとは、ほど遠い生活と凄まじい努力を日々行っていますよね。

その、アメリカのマーケットは非常に大きいし、そこに加えて英語圏となると、巨大なマーケットが世界中に広がっているわけですが、日本国内で日本語でやってると、子供、おじいちゃん、おばあちゃんも含めて1億人しかいないマーケット。
その子供やおじいちゃんも含めて、日本のマーケットで必死でやって100点取って1億人。
一方、30億人の英語圏マーケットで、一般的に合格ラインに到達しない50点しか取れなくても、15億人。不完全な手法でも、大きなマーケットでの可能性の高さ、「数は力なり」です。
スタートアップの方々には事業内容は勿論ですが、語学、経営戦略知識も併せて貪欲に身につけて、よりチャンスがある大きなマーケットに進出できる体制をとってもらいたいと思います。

大野

秋山さんのミッションはズバリ日本人の能力を高めることですか。

秋山

最近は、あまり日本人とか外国人とか言っている場合ではないのかなという気になりかけています。
そもそも、『日本人』の定義ってなんでしょうね?
眼と髪の色が黒いこと?
ラグビーのワールドカップのメンバーや、オリンピックの日本代表選手達を見ていると、そうではない…

留学したMITの初日、クラスルームに入った瞬間のことは未だに鮮明に覚えています。
当時からMITは外国人比率が高く30%越えでした。(今は約40%ぐらいとのこと)
そうなるとアメリカ人が70%弱を占めているはず…
という先入観でクラスルームに入った所、髪・肌の色、白人、アフリカ系、アジア系…クラスが始まる前に話している言語はスパニッシュ、フレンチ、ジャーマン、チャイニーズ、コリアン、、後はよくわかりませんが、どこかの国々の言葉。
宗教的にもキッパと呼ばれる帽子のようなものをかぶっているユダヤ系の学生の横に、アラブ系らしき学生もいる。
女性も半数近くを占め、私が日本で経験した中高の男子校、東工大での雰囲気と全く違い、まさに人種・宗教・性別の坩堝(るつぼ)。
何を持って”アメリカ人”と定義するのか?と自問自答したことを未だに鮮明に覚えています。

おまけに、飲み物は勿論、ナイフとフォーク、ジャムまで持ってきて授業を受けながらサンドイッチを作っている学生もいる…
他の学生達や、教授に迷惑をかけているわけではないので、教授も全く何も言わない。
確かに合理的なんだな、と思いました。
まさに「日本の常識、世界の非常識」を体感しました。
このあたりの『日本の慣習や考え方を、世界を相手に展開する時に』、どう考えていくか、ということも課題の1つだと思います。

その上で、個々人のマインドでしょうね。マインドセット。
自分自身も、周りを見ても、決して良いとは思わないんですが、バブルの時代は根拠のない自信を持っている人が多かった。
根拠のない自信なんですけど、時々大成功する人出てきたわけですよ。

昔はちょっとやりすぎで「24時間働けますか」というCMがありましたよね。
ただ、その後に再開されたTVCMのセリフは、「24時間戦うのは…しんどい」
みんなが小さく縮こまり始めた。
真面目なんだけど、尖ったモノって生まれにくい。
今の学生と接していると、我々の時などと比べ、非常にまじめ。
一方で、バブルの時代のように滅茶苦茶なヤツ、尖がっているヤツは非常に少数派。
バブル期は、全員24時間働け、でしたが、今は、もっと勉強したい、トレーニングしたい、働いて能力を付けたい、という人も含めて、横並びに仕事を終わらせる、思い切り右に振れていたと思っていたら、今度は全員、思い切り左に振れている。
日本は良くも悪くも同調圧力が根強く残っているようです。
人と違うことをやってはいけないし、やりたくない。
講義をしていても、良く感じます。
日本人は「こんな質問をしても良いのかな…」と思いつつ、周りをチラチラ見て探りを入れている。その間に、外国人留学生はものともせず、自分の主張をどんどん発言している。
日本人が、じゃあ、俺も…と思い出した時には、次の話題に移っていて、発言は結局出来ずに終わってしまう…
これが、国際会議や、海外とのビジネスでも多発しているように感じます。

全員右に倣え、ではなく、個々人の自由に任せても良いと思います。
というと、必ず、そんなことをしたら、ブラック企業が無くならない、と言いますが、冒頭に話したように、自分の信念とどうしても合わない会社を辞めても、いつでも声がかかる、もしくは自分で独立できるよう日頃から意識して勉強・能力を付けておく努力をして、いつでも独立できるよう準備を行っておくことではないでしょうか。
なかなか大変だとは思いますが、そうすれば、社内・上司から不正や自分の信念に相容れないことを強制された時にでも、堂々と断れる可能性が高まると思います。
昨今、「どうして?」 「周りも気づかないはずがない」、というような不正が多数報道されていますが、わかっていても、従わざるを得なかった、というのは、従わなければクビ、左遷だとと言われた時、「わかりました、じゃあ、辞めます」、と言えるかどうかではないでしょうか?
逆にそこまでの努力をしたくないし、昇進も給与もほどほどで人生を謳歌したい、という生き方も否定せず、許容したい。
これが多様化ではないでしょうか。

ノーリスクで良いのか? 「知の深化」「知の探索」を使え

大野

どうしたらいいんですかね。何が必要ですか。

秋山

ここもマインドセットじゃないですかね?

まず、ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターン の原則の再認識。
どこを目指すか、ですよね。
今、日本の社会は、ノーリスクを目指すことが多いように見えます。
但し、ノーリスクは…ノーリターン。
これが日本が失われた35年間の理由の1つでもあるのではないでしょうか。

大野

なるほど。

秋山

どこの社会もこの傾向はあるのですが、成功体験を積み重ねた方々や、組織であればあるほど、過去の成功体験に引きずられます。
過去の成功の体験は、環境が変わらない状況であれば威力を発揮します。
ただ、今まさにVUCAの時代で、過去に存在しなかった環境の大変化が起こっています。

日本が戦後に大成功した、いわゆる全員が同じことを同じペースで行う工場モデルから、知的資産をモデルとした大変化が起こっていますよね。


上がってきた提案に対し、過去の成功体験を元に、上司は出来ない理由を理路整然と展開する。
こうなると、大体結論は「やめときましょう」「時期早尚です」「他社の動き方を見てみましょう」となり、現場の人間は、真面目に指示待ちでそれに従う…

『成功者は正しく間違える』です。
成功者であれば、あるほど、難しいと思いますが、『ヨソモノ・ワカモノ・バカモノ』の意見を最初からばっさり切り捨てずに、「新しいアイディアが混ざってないか?」と耳を傾けてもらいたいと思います。

―――逆に、挑戦者は、勢いと情熱に加えて、もっと必死に勉強して、ロジックも身につけた上で、どんどん提案、発言を行ってもらいたいと思います。

大野

日本人の駄目なところは、要するに失敗を許さないんですよね。

秋山

ノーリスク・ノーリターンですからね。
経営戦略で最近話題のテーマですが、「両利きの経営」というのがあるんですよね。
右手と左手、両方使うというのは、「知の深化」と、もう1つは「知の探索」。
「探索」というのは横に広がる、無限の荒野を探検するようなイメージです。
この「探索する」が、日本の会社や、日本の慣習としてちょっと苦手な人が多い。

大野

深堀りは上手いけど、探索は下手。

秋山

深堀りって何かというと、すり合わせ技術とか、例えばトヨタの工場内で3歩、歩くところを、2歩にして効率を究極的に上げるとかね。
これで非常に効率が上がる。
戦後、日本企業はこの製造業の工場モデルで大成功しました。
なので、日本人として非常に得意なところなんですよ。
更に、これは目標がある場合―――例えばアメリカに追いつけ追い越せみたいな目標・目的が明確にわかってる時には、すごく強いんですよね。
みんなが、同じ方向を向いて、一糸乱れず同じペースで動くことが強みになります。

だけど、どこに行っていいのかわからない、正解がない時代…最近はVUCAと言ってますが…
こういう前例がなく、目標がない、というか目標を自ら作っていかなければならない時代だと、
今まで成功体験が大きかっただけに、なかなか難しいわけですよ。。
戦後の高度成長期時代の大成功体験があまりにもあり過ぎたので、ハチャメチャな非連続の革新ができにくい社会になってしまったような気がします。
連続的な改革は、日本人・日本企業はかなり得意だと思うんですけど、非連続な革新や、破壊的革新(Disruptive innovation)、はかなり苦手だと思います。

スティーブ・ジョブズみたいな人がなかなか出てこないとか、テスラのイーロン・マスクみたいな、あのハチャメチャな…はっきり言ってあまり一緒に働きたいとは思わないんですけどね(笑)、ああいう尖がった人が生まれにくいんです。

学校教育でも生徒や学生は黙って先生の講義を聞く。
企業でも事前に根回しを行っておき、会議では反対意見は言わない。
ましてや新人が発言すると10年早い!などと会議後に怒られる…
予定調和なんですよね。
全体のパイが大きくなっている社会などでは、「前例はあるのか?」「他社はやってるのか?」の2つを基準として、言われたことを真面目にやっていさえすれば、みんなが昇進出来、成長が実現できた。
ダーウィンの種の起源と同じように、環境の変化によって、進化していかないと、力では負ける事がない大きな恐竜が、環境に適応した小さなネズミなどの哺乳類動物に負けて絶滅してしまった、ということになりかねません。

ベンチャーは情熱だけでは生きていけない だからこそのメンタリング

大野

MIT-VFJメンターに登録されたきっかけと、いつから担当されるようになったか教えてください。

秋山

僕は、元々は投資銀行にずっぽり浸かって、土日休日も含め延々と働いていたこともあり、その頃は、こちらはあまり来てなかったんですけど、そこからベンチャーキャピタルファンドの経営に携わり始めた時ぐらいですかね。
当時のMITエンタープライズフォーラムのMITのOBの何人からか誘われました。
2006年頃とかじゃないかな、多分。

大野

なぜベンチャーにはメンタリングが必要だと思われますか?
どんなベンチャーが特にメンタリングを必要としているでしょう。

秋山

メンティにとってメンターはありがたい存在ではないでしょうか?
正直言うと、ベンチャーをやっている人は、良くも・悪くも、信念が非常に強い人が多いんですよね。
元々思い込みが激しく、アニマルスピリッツがあり、ちょっと山っ気がある人とかですね。
「普通」とか、「平均レベル」ではなく、ちょっと偏ってる部分がある人が多いと思うんですよね。
何かしら突き抜けた人材。
だから、熱意があり、思い込む(=強い信念)は素晴らしいのですけど、現実はそれだけではなかなかうまく行かない。

例えば資金が尽きたらどうするか。
バーンアウトして潰れてしまうというのもあるんですよね。
その辺りのことは、大企業であれば、人、物、金、情報は潤沢に揃っており、一人の能力が不足したり、さぼっていたりしても、システムとして誰かがサポートして組織全体は回っていくのですけど、ベンチャーはなんせ、ヒト・モノ・カネ・情報が不足しており、サポートする人もシステムもないんですよね。
わからないまま突っ走って、例えばよくあるパターンが、仲間割れしてダメになっちゃう、知識や資金が尽きてダメになっちゃう、この辺りを早めに、第三者の目でアドバイスをもらうということは強く薦めたいと思います。
今までのそのような失敗例を数えきれないほど、見てきましたからね。
それを聞くか聞かないかは、またまた別問題なんですけど、まずはちょっとそういう事実を知らないことには行動もできないので、知識も情報もくれるメンターやアドバイザーなどがいた方がいいだろうと僕は思います。

大野

いろいろなメンターがいらっしゃいまして、人それぞれのやり方があると思うんですけれども、秋山流メンタリングっていうのがあるとすれば、どういうメンタリングですか。

秋山

多面的メンタリング・総合格闘技ですかね。
私の経歴は半導体のVLSIの設計研究を大学院時代まで行ったあと、日本企業の金融業界に飛び込み、米国のMBAで経営理論を学びつつ、マッキンゼーの日本オフィス、リーマンブラザーズの海外オフィスも含め、デリバティブ・投資銀行業務のインターンを経験させてもらいました。
MBAを卒業後はアメリカの投資銀行メリルリンチ、ヨーロッパの投資銀行UBSでトレーディングルームと投資銀行部門のちょうど橋渡し的な資金調達を中心としたシンジケートの責任者を行っていました。

その後、Venture Capital Fund数社の経営を経て、現在は未上場企業だけに限らないエンジェル投資家を行いながら、MBA大学院でマーケティング・企業戦略論、財務ファイナンス論・国際経済などを企業の経営層の方々に講義をおこない、また、母校の東京工業大学は、博士課程の大学生たちに、自身の研究を使って起業するとしたら、というアカデミアと実社会の橋渡しができる博士の人材輩出プログラムを英語で担当したり、修士課程、学部の学生の講義も受け持っています。

アメリカだと、私が留学していたMITのMBAの同級生にももちらほら、このような多様なキャリアの同窓生がいるのですが、理系・文系を明確に分ける日本だと、多様なバックグラウンドを持っている人は、まだ少数派で、これまでの多様な体験に基づく多面的視点をフル活用してメンタリングを行うようにしています。

メンタリングに欠かせないファイナンスや経営戦略の部分

大野

メンタリングアドバイザーとして総合的なアドバイスをいただいておりますけれども、秋山さんが伝授するのはどんなものでしょうか。

秋山

僕の場合は先ほど話したように、ビジネスモデルだけでなく、、ファイナンスや、マーケティング、経営戦略についても総合格闘技的なメンタリングを行っています。

ある程度、仕方がないとも言えるのですが、スタートアップの設立時は、ビジネスアイディアから発生するので、どうしても、ファイナンスや、起業戦略などの分野の人材がいないことが殆どです。
ただし、大企業の経営トップを見ればわかりますが、CEO・CFO・COOは必ずそろっているように、財務ファイナンスは企業経営にとって必要不可欠の分野です。
ビジネスをCOOが担当するビジネスやビジネスモデルが筋肉だとしたら、CFOが担当する企業の財務ファイナンスは血液を流す心臓。
血液の流れが止まれば、いくら強靭な筋肉をもっている人間でも数分でアウトです。
私は個人的にスタートアップ・投資家などのマッチングの場であるGTICという会合を長年、主催してきたり、各種スタートアップの会合の審査員や、メンターを行ってきて、今まで、数多くのスタートアップ、起業家の人達を見てきましたが、ファイナンス、また企業戦略の分野の人材がすっぽり抜けてるスタートアップが非常に多い。

スタートアップの経営が軌道にのり、資金調達を行う、M&A、またIPOを目指そうと思った時に、困ってしまう。
また、形式を整えて上場したのは良いけども、上場後、人知れず悩んでいる経営者も非常に多い。

個別最適化のアドバイスはもらえても、多面的アドバイスはなかなかもらえない。
上場を目指してアドバイスを受ける監査法人、上場の実務を請け負う主幹事証券会社、メインバンクの担当者も、最近は専門が非常に進んだこともあり、横串を刺したアドバイスをなかなかもらえないのが現実です。

このあたりの、各ステージの資金調達方法、横串を刺した投資家層との対話方法について、できるだけ早い段階でスタートアップの方々にも理解しておいてもらいたいですね。

大野

そういう情報をなるべく早く応募した人たちや、これからメンタリングする人たちに伝えなきゃいけないっていうことで、多分今年も合宿のときあたりに講演をお願いするかと思います。

(注:今月9月24日に、昨年に引き続き、東大キャンパスでVMP連動セミナーということで開催が決まりました。
「MIT-VFJ  VMP24連動セミナー『魔の川・死の谷・ダーウィンの海ーーー各投資家層へのアプローチについて』
―――今年は、昨年の参加者からのフィードバックを鑑み、2部制にして、関係者がわかっていても、口に出せない舞台裏まで深堀を第2部ではリアルの参加者の方々にはご紹介しようと思っています。」)

課題となっている日本社会の金融リテラシー

秋山

一例として挙げると、昨今、毎日のように次々と報道されている株式市場におけるアクティビストファンドの活動。
ハゲタカとか、血も涙もないと言われても彼らが株を買い占めのニュースが出ると殆どの場合株価が急上昇しています。
実は彼らが買い占めている株のシェアは、数%ぐらい。
それなのになぜ株価が急上昇しているかといえば、アクティビストの動きを見て、非常に多くの投資家がハゲタカの活動に追随して株を買っているんですよね。
ハゲタカはけしからん!というのであれば、なぜ追随するのですかね?

結局は非常に多くの投資家が、けしからん!と建前では言いつつ、実際の行動は「ハゲタカ」に追随して儲けようとしている。
これが本音です。
例えば個人投資家で、証券会社からもらったIPO株の目論見書をキチンと読んで、証券の営業マンに質問している人がどれぐらいいますかね?
逆にIPO勧誘の時、唯一資料として使える目論見書を読み込んでいる証券の担当営業マンは殆どいないように思えます。

現在はガバナンス改革、多様化を含め、形式をまずは整えるフェーズなので、ある程度仕方がないかと思っていますが、日本社会のいろいろなところに歪みが生まれている状況になっています。

先ほど、話した昨年2023年3月末に東証が上場企業に向けて発信した、「資本コストと株価を意識した経営」。
東証とアクティビスト両者の目的とするところは、全く違いますが、東証の主張している中身は、上記アクティビストファンドが主張していることと、ほぼ同じ。
昔は確かに強引な手法を使っていたアクティビストファンドですが、最近は非常によく勉強しています。
そこに金融の勉強をせずに(金融リテラシー無しで)単に、追随しているのが、多くの個人投資家です。
(このあたりの本質の問題については、9月24日のMIT-VFJ VMP連動セミナーで説明しようと思います。)

大野

個人のためのネット講座みたいなものがたくさんありますし、本もたくさんあるのに。

秋山

そんなにたくさんあるのに、なぜこういうこと起こるかということは、やはり形式を整えることを優先にしているからなんでしょうね。
高校などでも今、金融リテラシーの授業を始めましたよね。
国の本音は、もはや年金制度も破綻することが明らかなので、自らの老後を含めた人生の資産運用を個々人で行えるようになってほしい、国にばかり頼らない力を若い時から身につけてでほしい、ということからだと思いますが、現在の制度論を中心とした金融教育で、実際に個々人が資産運用を出来るようになるのか懸念しています。

金融制度論も大事ですが、まずは学校を卒業後、資産運用を行えるように自立した金融リテラシーを持つようになること。
現在、高校に送り込まれてる講師の人で、自分自身の財布を使って、投資や運用を実際に行っている方ってどれぐらいの割合でいるのでしょうか?
会社のお金を使ってでも良いのですが、現役で運用を担当している金融機関の人はどれぐらいの数が高校の教壇に立っているのでしょうか?

更に、法人と個人での運用には大きな違いもあります。
ホウ・レン・ソウすればある程度、許される組織の資金運用とちがって、個人の資産運用は違法なことはだめですが、結果が全てです。
教育現場に送り込まれている金融業界、官庁の方々は、銀行預金など以外の資産運用は業務上規制されていて自分自身のお金で資産運用をしたことのある人って、どれぐらいいらっしゃるのでしょうかね? 一度、統計数字を見てみたいと思います。

大野

講師って誰がなれるのかしら。

秋山

難しい問題ですよね。
金融制度の形式基準だけでなく、実際に運用の前線で活躍しているトレーダーやファンドマネージャーの方々は、正直忙し過ぎるし、昨今のライフワークバランスの元、業務以外に教育に時間を使えとは会社としても言えないし、言えたとしてもそもそも一学年あたり、数十万人いる生徒に教えるだけの人数は集められない…

更にカルチャーの問題があると思うんですよね。
文化は戦略に勝るっていう、経営戦略上の言葉にも通じますが、文化的に日本が「清貧」という考えなので、金儲けは悪いことだみたいな考えも根強く残っている。
以前、捕まる前に「お金儲けして、何が悪いんですか?」と言うような火に油を注ぐような言い過ぎた発言をしてしまって不評を買った著名投資家もいましたよね
捕まったのと、お金持ちになったのは関係ない話なのですが、、カネ儲けは良くないみたいな感情論などの風潮が、依然として日本には残っているような感じを強く受けます。

大野

そうなんですよ。罪悪感をみんな持ってるんですね。
自分が儲かれば嬉しいくせに。

秋山

本音と建前がずれてるなって、もう少しストレートに言っても許容される社会にならないと多様性も実現しないのではないでしょうかね?
ほら鈴木啓明さん(元MIT-VFJ理事長、故人)がよく言ってましたよね。
「金の匂いがしねえな」と。
あれでいいと思うんですよ。
あまりやりすぎると良くないかもしれないけど、「あり」だと思うんですよね。
本音と建前をあまりにも使い分け過ぎたり、空気を読み過ぎみたいなところが、特に日本社会には根強くあると多様性への実現はなかなか難しいと思うんですよね。

Pivotでビジネスモデルが完全に変化、そしてIPOへ

大野

秋山さんが今までに担当したチームの中ですごく印象に残っている人はいますか。

秋山

アイデミーの石川君かな。
去年2023年の6月にグロース市場に上場をしましたけど、彼が確か応募してきたのは2016年ぐらいじゃなかったかな。
7年経って上場しましたけど、彼がMIT-VFJのBPCC(当時は、Business Plan Contest & Clinic)その時に僕がメンターとして担当しました。
今は、オンライン上も含む、AIやDXl教育支援やラーニング、また伴走型のコンサルティングも行っています。
※株式会社アイデミー、代表取締役 執行役員社長 石川 聡彦(イシカワ アキヒコ)氏
https://aidemy.co.jp/


実は、彼の応募時のビジネスモデルは、今とは全く違っていて、社名・ビジネス名も違うものでした。
ただ、僕はその時のメンタリングの会話を通じて、人間的に非常に面白い人材だなと思いました。
MITのBPCCのメンタリング終了後、僕が主催していたGTICというスタートアップと投資家の集まりの場に彼を呼びました。
見込みがあるな、と思ってGTICに複数回、登壇者として呼んだのですが、過去、数百名のスタートアップの創業者が登壇した中で、彼が一番沢山登壇回数が多いとと思います。確か3回ぐらい。
最多記録です。

Pivotしてからかなりブラッシュアップしてましたけど。
一番最初に、BPCC(VMPの改名前の名前)に応募してきた時の事業内容は、店に行って何かBluetoothを使ってポイントを集めてそれを自動化して売上を上げて、どうこう…と。
「いや、それはどうなんだ」と毎回口に出そうになりながらメンタリングを行っていました(笑)

大野

応募され、BPCCの過程ではまだまだだったけれど、その後ずっと面倒を見て、たくさんアドバイスをして、それで伸びてくださったんですね。

秋山

まだまだだなというよりも、全く違うビジネスモデルですからね。
全く違うんですよ、全く(笑)

大野

あとは資質をお持ちだったわけですね。

秋山

ですね。

ところで、MITでのメンタリングや、審査員などでは「育成」が目的なので応募者やメンティーの方々にはかなり優しく接していますが、実際の投資先などに対しては、かなり突っ込んだ質問や厳しい依頼を出します。
いわゆる、これからの事業戦略などを、数字、ロジックで徹底的に分析して提出するようにと、かなり厳しい要望です。
スタートアップの人達は、アイディアと情熱で突っ走っている人がどうしても多いので、想定外のことが起こった時の準備を徹底的に考えてもらいます。
そもそも外部環境はもう様々な要因で変化します。
経営は人間が絡むのでどうしても予想通りに進むことの方が少ない。
そういう時に、悪い予想も含めて、ありとあらゆるシナリオを事前にリストアップし、それらに対して対応策を立てておくことにより、何か起こってもそこまで慌てることがないようにPlan B, C, D, E… さまざまなシナリオへの対応策を事前に行ってもらいます。

よく、想定外のことが起こって…というスタートアップがいるのですが、7割、8割が事前の準備不足ということが多い。

更に、無理難題な質問も含めて、どういうふうに返してくるかを観察してるのもあります。
スタートアップって、ヒト、モノ、カネ、情報と、本当に何もないので、もう毎日が想定外の連続なわけですよ。
「資金がショートしそうだ」「エンジニアが突然退社すると言い出した」「約束していたお客さんが契約を辞めると言い始めた」「大企業が、大々的に広告を打って、同じビジネスを始めた」
とかいうのが毎日出てきます。

そういうシナリオが発生した時、具体的にどう対応するか?と議論しながら、いわゆるレジリエンス、打たれ強さ、危機に直面してどのようにに対処してるのかみたいなことを観察もしています。
大組織だと、ホウ・レン・ソウーーー報告・連絡・相談をしていれば、失敗してもも免責される…ことが、独立し、起業した瞬間に、『結果が全て』、となる。
それも、ヒト・モノ・カネ・信用・社歴と無い無い尽くしの中で起業家は大変な精神的なタフさも求められます。

僕自身はVMPを起業家育成の場だと思っているので、そこまでやっていませんが、先ほど話した故 鈴木啓明さんの詰め方「金の匂いがしねえな」とよくBPCCの応募者のスタートアップの人達が泣きそうになっていたというのは、実践の前に、BPCCで事前に体験することが出来たという観点からはアリかなと僕は思いました(笑)

大野

あの言葉はけっこう浸透していて、みんな使いたがりますよ、「金の匂いがしねえな」

進行中のVMP24メンタリングへのアドバイス

大野

現在、VMP24は合宿と中間発表に向けて、各チームともメンタリングに力が入っています。
ファイナリストを目指すメンティならびに担当メンターに向けて、アドバイスなどあれば、お聞かせください。

秋山

メンティとして応募してきた方々は、さきほど言ったように、必死で勉強してほしいということです。
「実践なき理論は空虚」なんですが、「理論なき実践は無謀である」と思います。
スタートアップの場合には何か新しいアイディア革新的なアイディアができればいいっていうんですけど、例えばオリンピック選手、ワールドカップの選手達を見ると、よくわかりますが、まずは体格・基礎体力がすごいですよね。
基礎的な土台をしっかりつけた上で自分の専門分野を追求していかないと勝てない。
組織論、マーケティング手法、財務・ファイナンス、経営戦略、幾多の先人達が、長い時間をかけて作り上げていった経営戦略が沢山、それもネット上など調べれば、それもただでいくらでも習得できる。
これらの武器を使わないのは損、というか、世界中の競合相手は、フル活用しています。
例えば、私も卒業したMITのMBA、2年間朝から晩まで、虎の穴のレベルで徹底的に各種経営戦略を叩き込まれた課程で身を持って感じましたが、知力・体力もモンスターのようなプレーヤーが、現在スタートアップの世界に大量に入り込んできて、経営戦略の知識と世界中の人脈を駆使して国境も超えながら活動しています。
日本国内で、次の日本人だけを相手に、日本語だけのビジネスを目的としているのであれば、なんとかやっていけるのかもしれませんが、今後は国境を越えて、上記のような連中を相手にしなければなりません。
必死で勉強もして、各種知識も貪欲に吸収していってもらいたいと思っています。

大野

勉強してくださいというのはすごくよくわかります。
アメリカのMBAへ留学というのは、どうなのでしょうか?

秋山

先ほど話したように、最近は、MBA卒業後の道として、投資銀行、コンサルタントに加え、VCファンドと、スタートアップに参画、もしくはスタートアップを起業する、というのがトップ4を占めています。
それらの人材が多数集まっているアメリカのスタートアップの組織人材の厚さは想像つきますよね。
じゃあ、アメリカのMBAへ行って勉強してくださいといっても、日本では失われた35年間での世界各国の物価上昇と、日本円の弱体化が相まって、経済的にも、ものすごく難しい。

例えば、僕が留学していた現在のMITのMBAは1年間の学費がなんと8万ドル。
8万ドルってことは1,200万〜1,300万円ですからね。
1年間でですよ。2年間でその倍。
それに生活費、渡航費など加えると2年間で3,000万円コース…
普通の個人が行けるような状況じゃないですよね…
デフレの国、それも為替が弱くなった国か物価上昇している国に行くというのは非常に苦しい。
今、東大が1年間当たりの学費を50万円強から、60万円強にすると発表して、日本国内で大炎上してますけど、そんなレベルの話ではないんですよ。

大野

20年以上前でも、MITは300万円くらいだったと聞きました。

秋山

僕がMITに留学していた時代が、年間の学費が約$25,000。 但し、1ドル85円の時代だったので、年間210万円ぐらい。
日本円で考えると、今の学費の6分の1。
スタートアップの人達も、あまり外部環境を気にしている人はあまりいないのですが、このように物価、為替というような外部環境の変化は、個人の活動も含めて、国力にも非常に強い影響を及ぼしています。
特に国境を超えた活動をしている人や、スタートアップの方々は、自分・自社の得意・不得意技だけじゃなく、このような外部環境の変化にも常にレーダーを張っておく必要がありますね。

大野

スタートアップはみんな忙しいし、お金はないし、どうやって学んだらいいんでしょう。

秋山

これもマインドセット…「意識」の問題だと思います。
忙しくても、現在のような情報社会とテクノロジーの活用を行い、とありとあらゆる工夫をすれば、まだまだ今の2倍3倍『は勉強ができる』はずですよ。

自分自身で「限界」と思ってしまえば、それが本当の「限界」になってしまいます。
そもそも、限界に常にチャレンジしておけば、「限界」そのものが、高まっていきます。
それぐらいやらないと、ヒト・モノ・カネ・情報など、豊富にそろっている大企業には勝てないですよ。

大野

でも日本にはそういう手段がなかなかないですよね。
ビジネススクールに入り直す時間もない。

秋山

日本語で日本国内でということに、自分で自分の限界を作っちゃってる感じするんですよね。
例えば、大学卒業時に、就職難という時は、「日本国内で」という前提条件で報道機関も、当人達も考えていますよね。
じゃあ海外に行ってで就職活動をしてきます、という考えをしている日本人学生や、それを提案する大学も殆ど耳にしたことがありません。
これが、シンガポール、香港、又、多くのヨーロッパの国々の人は、国境を越えて就職活動をしている。

フランスではダメだったから、ちょっとドイツに行ってみようかな、ギリシャに行ってみようかなってやっていますよね。
英語圏だとアメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、イギリスとか世界中いろいろな場所に行ってみようか、という考え方が存在しています。。
結局、日本は「国」という概念が、「活動する場所」という前提条件が強く残っているようです。
鎖国をしていたからなのか、国境が海で明確に区切られているからか、自ら活動範囲を国境に合致させて、自ら限界を作っちゃっている感じなんですね。
ただし、香港や、シンガポールなどもその点は同じはずなのですが、国境・国籍・言語を越えて活動しています。
このあたりは日本人として見習わなければならない国々ですよね。

今後の活動

大野

もっともっとお話たくさん聞きたいのですが、またセミナーで伺うとして、秋山さんご自身の、今後の重点活動があれば、差し支えない範囲でご紹介ください。

秋山

今まで、理系の大学院まで行ってせっかく勉強した知識を使えるエンジニアの道を辞めて金融のど真ん中に飛び込んだり、、結果、選んだ会社が破綻したり、英語が出来なかったのに留学を目指したり、とつまづきの人生を送ってきました。
もう少し、効率的な生き方があったんじゃないかといつも思いますが、「置かれた場所で咲きましょう」の気持ちで、工夫・努力をして必死にやってきました。

結果的に、投資家をやりながら、大学・大学院・企業のアドバイザーなどもしながら経営戦略を教え、スタートアップの発掘・育成・投資を行い、且つ築地で料理教室を主催し、魚のさばき方から、ワイン・日本酒とのマリアージュも含む和食料理も教えています。

外資系投資銀行時代、同僚たちのホームパーティに築地で、大きな鯛や平目を仕入れて持っていき、皆の前で出刃包丁でさばき、柳刃で刺身やカルパッチョに仕立て上げたりしていたところ、特に外国人の同僚から滅茶苦茶、『受け』が良かったんですよね。

一方、海外法人の顧客が多かったこともあり、接待時のワインの知識の必要性から、資格を取り、ソムリエ世界一に選ばれた田崎真也さんにも長く師事していたので、日本人の中ではかなりのレベルに達していたワイン。
それでもワインの本場、フランスやイタリアの人達からすると 「日本人なのに、よく勉強しているな」ぐらいなんですよね。

なぜ、ここまで知識も付けているのに、なぜこうも評価が低いのか、ともやもやしていたのですが、ある時、腹落ちしました。

僕は外資系投資銀行の中でずっと生きてきましたが観察していると、人は評価する時に、その人が所属しているグループ、出身国などと一緒に「個人」を評価しています。
(田崎さんのように世界ソムリエコンクールで優勝した、というような人は例外として)日本人がワインを語っても、世界から見ると、ワインはやはりフランス、イタリア。
日本人なのによく頑張っているね、ぐらいの扱いから始まります。

これは一種の偏見(認知バイアス)とも言えるのですが、逆も真なりです。
日本でも老舗の寿司屋で外国人の板前に会ったことはありませんよね。
要は雇わないんですよね。
良い・悪いはともかく、これが現実です。

一方、日本人が柳包丁で魚をぱっとおろして和食の刺身を作ったりすると、世界一と自他共に認められます。
外資系投資銀行時代に、同僚の外国人のハウスパーティーでまさにこれをしていたのですが、次の日、ディーリングルームに出勤したら、スターなんですよ(笑)。

基本的に外資投資銀行では日本人はAwayですが、それまでは話もしたことのない外国人同僚たちが多く寄ってくる。
そこで輪の中心人物になれば、いろいろな人と本当に仲良くなり、雑談が生まれ、そこからビジネスでも普通、教え合わないような情報交換にもつながる。

「ところで先週、中東マーケットで行っていたビッグディールなんだけども具体的にはどうやったんだ?」というような普通なかなか教え合わないような会話に発展することもあります。

日本人ならではの世界中どこにいっても、誇れる1番の武器を、何かしら持つと良いと思います。

世界一高い山はエベレスト、日本一高い山は富士山、でも二番目に高い山を知っている人は非常に少ない。
実力は最低限必要ですが、やはり第3者が無意識に評価するのは、TOP、つまり1番のものです。
二番手、三番手でもダメではないのでしょうが、やはり一番じゃないと、第3者から認められないのが厳しい現実です。

大野

そういうふうに繋がるわけですね。

AI時代、Online会議時代の「雑談」の重要性

秋山

コロナ禍を機にオンラインでの打ち合わせ、ミーティングが激増しましたよね。
オンラインだと移動時間も考えなくて良くなり、海外赴任してる人とも出張せずに会議できる、チャットで全部レコーディングも取れる。
時間的には非常に効率的になり、特にルーチンワークの確認作業などでは非常に有用なツールとなります。

一方、Zoomは1回あたりに1人しか喋れないし、今更これを皆の前で質問するのもどうかな…というのを、レコーディングされている時に言いづらいことも多い。
また、コンサートや映画館ビジネスが無くならない理由として、ライブならではの感動がありますよね。
人と人のコミュニケーションも同じだと思います。
僕は大学・大学院での全く同じ内容の授業をオンラインとリアル両方を持っていますが、やはり反応が全然違うんですよね。

更に、今後、開発を期待したいのが、オンラインにおける「雑談」機能。
会議や、講義でも、皆の前では発言にくいとか、皆に聞かれるのがためらわれる秘密の情報や質問など、ミーティングや授業が終わった後に、キーパーソンや、先生を追いかけて行って話をする、などありますよね。
この雑談から非連続のイノベーションの種とか、突拍子もないアイディアとかが生まれることも多い。

会議や、講義が終わった後、ドアを出るときに「ちょっといいですか」とかね。
ちなみに、私が理系のエンジニアを辞めたキャリアを選ぶきっかけになったのも、大学院時代、一橋大学との交換授業のあまりの面白さに、授業の直後、教授にちょっと良いですか?と質問をしに行き、ちょうど昼の時間だったので、一緒にランチを食べることになり、そこで聞いた話がきっかけとなり、金融の世界に飛び込み、そこからMBAを目指した、という実体験があります。
(当時、一橋大学の教授をしながら、McKinsey顧問もされていた、ハーバードビジネススクールで、過去から唯一の日本人としての正教授、竹内弘高先生です。後に留学してわかりましたが、当時、アメリカのMBA式の授業を展開されており、カルチャーショックを受けました。)
こういう雑談や、セレンディピティの重要性もAIの台頭と反比例して今後、ますます重要になってくると予想しています。

大野

和食やお寿司の教室やら何やらやっていらっしゃいますけど、それをどのように発展させるかというのはあるんですか。

秋山

和食料理は最初は戦略的にやっていたのですけど、日本文化の自分自身での深堀と、皆さんへの普及活動という点を含め、最近は新しい可能性を感じています。
というのは、料理教室に参加してきている方達が、多種多様な人達で、なんだかおもしろいネットワークが出来あがってきているんですよ。

外国人が来た時に英語で主催したり、イギリス大使館で主催してみたり、オーストリーの商工会議所の人たちに向けて、スペシャル企画をを作ってあげたり。
この間はボストンからちょうど来日していたMITのアドミッションオフィス(入試委員会)の責任者も是非本場で和食料理を体験してみたいと、参加してきたので、日本にいるMITのOBの人達も複数参加して、そこのテーブルだけは英語で行いました。
ベンチャー関係の方もいらっしゃいますけど、大企業のシニアな経営者の方々もすごく多い。
今月は寿司屋の大将を呼んで特別コースをやるんですけど、東工大の先生も奥さんを連れて来られます。
この料理教室を中心に、それら多種多様な人達のネットワークも広がっています。

大野

秋山さんは、今すごく自分の理想の人生を歩んでらっしゃる感じですね。

秋山

いやあ、理想では全くないんですけどね。
これまでの人生、チャレンジを続けてきましたが、チャレンジすると必ずつまずくこと、失敗がセットでついてきます。
勤めていた会社も破綻しましたしね。
ちなみに料理教室は理想を追求し、豊洲市場で、一番、すなわち日本一であり、世界一の食材や、機会を提供しようとしていて、実は全く儲かってないどころか、未だによく赤字になっているわけですよ、全く(笑)

大野

儲からないですよね、それは(笑)

秋山

でも、世界一を提供すると、それなりの人達も集まってきます。
それらの人達との間で ”Something New”, ,”Something Special”, など、何かが生まれてくるはずです。

最初は戦略的な観点から始め、他ではなかなか実現できない築地・豊洲ならでは地理的利点も活かし、一流の食材と、なかなかオープンにならない料理テクニックも伝授する、本格的料理教室にしてきましたが、今のところ、料理教室そのものを商売として大きく儲けようという感じではなないですね。

私が創立したGTICからも、毎年数社ずつ、上場企業が生まれるようになりましたが、この築地での本格料理教室も、何かしら面白いことに発展させていきたいと思っています。

日本が世界に誇る食文化の和食は、2013年にユネスコから世界文化遺産に指定されました。
シャンパーニュよりも先に選ばれたんですよ。
そういった意味で日本人が日本の和食をやるっていうことはすごく世界中が認めてくれるし、自分自身の知的欲求も満たしてくれる教養の深堀にもつながります。
そういう場には、更に面白い人達が集まってきます。

大野

本当ですよね。
日本人が日本の文化を知らなさすぎる。

秋山

ちなみに、各国の文化と、ビジネス慣習の結びつきを理解しておくということも、あまり認知されていませんが国境を越えて行動する時の大事なポイントです。
都内の私学大学のMBA大学院から要請を受けて始めたのがきっかけでしたが、私の母校の東工大でも、海外から来ている留学生を中心に教えていたのが、ジャパニーズカルチャー&ビジネスという、各国の文化とビジネスがどう関係しているかという講義。

例えば、日本ではお客さんに敬意を払い会議室の奥に通し、車も奥に座ってもらい、エレベータも奥に誘導します。
和食でも、今から旬を迎えるサンマの塩焼きを見ればすぐにわかるように、メインのサンマは皿の奥に置いて、手前に大根おろしを添える。
要は「奥」が偉い。

でも、欧米の料理、例えばアメリカのステーキは逆ですよね。
手前にどんっと主役のステーキが置かれ、奥ににマッシュポテト、フライドポテトなどの付け合わせ。

箸でも、箸置の上に乗せるのは、名刺も机に直置きせず、名刺入れの上に乗せましょう、と同じ。
カルチャーとビジネスというのは密接に絡んでいます。

今、グローバリゼーションといってますけど、やはり活動している各国のカルチャーは大事で、これを失敗すると各地域とのお客さんがついてこないことが起きる。
投資銀行マン時代に、数多く見かけましたが、確かに理にかなっているけども、日本の慣習を無視したように見えるディールを、外国人の同僚が、日本の伝統的大企業のお偉いさんに提案し、何度も潰れたことを数多く見てきました。
やはり、「ヒト」を相手にする時には、“Think Globally, Act Locally” が重要なんだな、と。

スタートアップの人たちも、語学の習得に加え、自国の文化・ビジネス慣習をまずはキチンと認識し、説明できるようにしたうえで、相手方の文化・慣習も理解し実践できるようにしておく。
小さいことかもしれませんが、チリも積もれば山となる。

大野

できなくても喋ればいいんですよね。

秋山

まずは喋って仲良くなる。ただ、英語が話せなくとも分かり合える、というのではなく、語学も、相手国の慣習・文化も含め、貪欲に事前に勉強し、ビジネス展開する。
それぐらいの気持ちと行動をしないと、人材も資金もある大企業に勝てません。
喋れないと、会話が続かないし、「雑談」もなかなか出来ない。
やはりしゃべれるに越したことはありませんので、言語も勉強する。

更に、仲良くなる時の武器として、何か相手が興味を持つものを準備しておく。
例えば和食料理でもいいわけですよ。
ここで、1位のもの、唯一絶対とみんなが認めるようなモノであれば強い。
その結果、みんなが集まってくれば、その輪の中心にいる人を中心に、また新しく何か始まるんです。
もし、しゃべれないのであれば、これはより重要です。
英語がそこまでしゃべれない大谷選手もその分野で図抜けたパフォーマンスを上げれば、スポーツ界だけでなく、さまざまな分野から声がかかる。

これら文化的素養なども一例ですが、総合的・多面的に考え、一見、全く関係なく見える点と点を結び、非連続な展開を起こす…現在のAIではまだ、出来ないことだと思います。

MIT-VFJへのエール

大野

最後に一言、MIT-VFJにエールをお願いします。

秋山

MITの名前でやっているので世界に出ても競争力があり、存在意義があるはずです。
今、日本の国内にも数々のベンチャーとかスタートアップの会合とかイベントがあるんですけど、日本では有名な大企業名などが付いていても、日本の国力自体が弱くなっていることもあり、海外に行って「おっ」と思われたり、認知されるものってあまりないわけです。
一方、MITだと世界に名前が知られています。
技術の殿堂であり、その大学とスタートアップが密に関係している非常にユニークな大学の聖地のような存在です。

この辺りのところは、上手く活用すれば、大いなる比較優位が生まれると思います。
昨日もMITの他のイベントで、本校からも関係者が来日し、日本に来ているインターン学生も巻き込みイベントをやっており、私もOBとして手伝っていました。

同じように、MIT-Venture Forum Japan もMIT本校とも何らかの形で一緒にやったり、他のチャプター(各国の支部)と英語を使って何かやってもいいんじゃないかな。
そういうのをやると、もっとどんどん活性化すると思うし、国籍を超えてもっと人が集まってくると思います。

昨日のイベントで思ったのですが、こんなに外国籍のMITのOB達が日本にいるんだなって。
結構びっくりですよ。

大野

本日は貴重なお話をありがとうございました。

秋山 智紀(あきやま・とものり) 氏 プロフィール

GTIC / TOMOインターナショナル(株)代表 / CEO
投資家
Globis大学院、東京工業大学 修士・博士課程 講師

東京工業大学・大学院(2024年10月から東京医科歯科大学と合併し「東京科学大学Science Tokyoに改名)で電気電子工学専攻(集積回路LSIの設計)。
在学中に経営コンサルティング・ファーム、マッキンゼー社でのインターンで東工大の先輩であり、その後MIT(マサチューセッツ工科大学)でも先輩にもなる日本支社長だった大前研一氏や、顧問をしていた元一橋大学MBA学長(現Harvard Business School教授、一橋大学名誉教授、国際基督教大学理事長)の竹内弘高氏などに触発され大学院卒業後、金融業界に進む。
証券会社でCapital Market(企業金融、資金調達、IPO)業務を経た後に、MITのMBA(Sloan School)に留学。
MIT在学中にリーマンブラザーズの香港・東京オフィスでインターンを経験。
MIT卒業後、米系投資銀行のメリルリンチにシンジケート・マネージャーとして入社。
その後、欧州系投資銀行UBS証券にシンジケート部門の責任者として移籍。長年に渡り国内外の各種企業、各国の中央銀行、公的機関等を相手に、資金調達・投資銀行業務・コーポレート・ファイナンスを担当。 
その後VC複数社の経営への参画。
メリルリンチ時代にエンジェル投資を開始、現在は企業家の発掘・育成活動を展開するスタートアップ・アクセラレータ、投資家として活動。
『分野・国籍・年齢を超えて、リアルビジネスを創造する場』である起業家集団”GTIC”を設立、代表。
歴代GTICでの登壇者の中から年に数社ずつ上場会社が生まれている。
世界を相手に英語で発信・交渉する能力を高める「実践英語ピッチセミナー 『知識の泉』」創立。MIT-VFJのメンター。
東大EDGEプログラムのメンターや、Asia Entrepreneurship Award、各種Startup イベントのメンターや審査員を数多く担当。Globis大学院で企業経営層・役員層対象のExecutive MBAで経営戦略、東工大の博士課程(英語)・修士課程(日本語)のコース担当、その他、静岡大学、琉球大学等の非常勤講師。
沖縄科学技術大学大学院、テンプル大学、BBT大学院、大阪大学などでの講義や、上場企業のアドバイザーも数多く担当してきた。
和食文化の発信のため魚のさばき方から始める料理とワイン・日本酒のペアリングも含む料理教室を築地で主催。(JSA認定 Wine Expert、SAKE Diploma 資格保有)

INTERVIEW一覧へ